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月曜日, 1月 29, 2024

Kobe Luminarie 2024

コロナの影響で中止されていた「神戸ルミナリエ」が4年ぶりに再開されました。(1月19日〜28日)
 

期間中、人の混雑が一番少なそうな木曜日(25日)に17時頃 三ノ宮駅に到着して会場に向かいました。(この日は最高気温6℃台と、この冬2番目くらいの寒さでした)


前回2019年までと 開催期間、開催場所等の変更がありました。

旧居留地エリアには光の回廊「ガレリア」は設置されていませんでした。(新たにメリケンパーク有料エリア内に縮小規模のフロントーネ、ガレリアが設置されていました)
その分、人の数は大幅に減っていました。(ガードフェンスも警備員も配置されていませんでした)

東遊園地会場も、前回までに比べてかなり規模が小さくなっていました。(ぐるりと360°取り囲んでいたスパッリエーラがパネル1枚だけになっていたり、カッサアルモニカが南側の噴水の方に移動していたり)

 希望の灯(東遊園地)

約1.7km離れたメリケンパークの有料会場へ寄り道もしながら約30分弱かけて移動。


メリケンパーク会場のガレリアの長さは約70mと 以前の旧外国人居留地設置の作品に比べてコンパクト

入場時にもらったカードに記載されたQRコードを読み込むと「幻のスパッリエーラ」や「どこでもルミナリエ」がスマホで体験できる、とありましたが、専用アプリのダウンロードが必要だったりとちょっと面倒。それでもモバイル回線使ってアプリインストールしたにもかかわらず「ファイルが見当たりません」「位置情報設定をONにしてください」とかで結局表示されず。(ちゃんと見れた人 いるのかな?)

会場が混んでいなかった分、写真は比較的ゆっくり余裕を持って撮れました。

ただ 前回までの数回に比べてLEDの発色がイマイチ?
ホワイトバランスがAUTOでは、作品の色使いによって補正具合が変わってしまうし、マニュアルホワイトバランスでDAYLIGHTないしはFLASHの5300〜5600°K付近に設定すると若干アンバーがかった色調になってしまう。白色設定が4000〜4400°K付近に合わされているのかもしれないと思ったが、出先でカメラのモニターによる色温度設定はリスクが大きいので、とりあえずAUTOとDAYLIGHTの両方で、そして保険としてRAWでも撮影しておいた。

東遊園地の作品群は問題なかったのですが、メリケンパーク会場の作品、特にフロントーネのフリッカー(光源点滅)が酷かった。
肉眼では全く気付かないのだが、およそ1/125secよりも高速のシャッタースピードになると、数枚のパネルが完全に球切れ状態のように真っ暗。ガレリア部分にも多少の輝度ムラが生じていた。撮影直後の画像チェックで気づいてびっくりした。
直ぐにISO感度を下げ、シャッタースピードを1/30secに設定したらフリッカーの影響はほぼ回避できた。
 
この日は薄曇り+満月直前だったのでなかなか雰囲気も良かった。

21時前に撮影終了し、かれこれ40年ほど前から時々通っているMUSIC BARに行った。
(ルミナリエの度に同行の先輩と行っていたが、コロナによるルミナリエ中止で長く行けていなかった。3年ぶりに行ったけどすぐに分かってくれて、前回行った時に話した父の他界のことも覚えてくれていた。)

今回撮影した画像;https://photos.app.goo.gl/5QZGZPEJauFWt1MFA (位置情報あり)

2004年から2019年までのルミナリエ;https://www.itoh-studio.com/ITOH_STUDIO/Yoshinori/Gallery/Luminarie/2004to2019/index.html

日曜日, 12月 13, 2020

今年のルミナリエは中止

 今年はコロナ禍で、神戸ルミナリエが中止になりました。

東遊園地で「カッサ・アルモニカ」とイタリアから寄贈された「希望のアーチ」の設置があるとのことでしたが、コロナの第3波による「不要不急」に当たると思い、今回は残念ですが 行くことを断念しました。

コロナの1日も早い収束 (さすがに「終息」は難しいでしょうが) を祈念します。🙏

早く友達に会えるようになりたいな〜🍻

<2004~2019年 ルミナリエ>


金曜日, 12月 13, 2019

Kobe Luminarie 2019


今年も神戸ルミナリエに行ってきました。

第10回目(2004年)から撮影に行っているので 今回で16回目になります。

今年の開催期間は12月6日(金)から15日(日)までで、11日の水曜日にM岡先輩と行ってきました。

日中は曇っていたのですが、12月のこの時季にしては暖かく風もほとんどありませんでした。

ルミナリエ会場入口のガレリアについた19時15分頃、それまで雲に隠れていた月が現れました。ちょうど満月の夜でした。

今年のルミナリエはガレリア、スパッリエーラともにシンプルなものになっていました。

ほとんどがLEDで、回廊出口の一部だけが白熱球でした。
肉眼では少し暖色系になっているぐらいの印象ですが、写真に撮るとその色味の違いは歴然としていました。

LEDの時はホワイトバランスは6000°Kにセットし、タングステンの時は3200°Kに合わせました。(JPEGとRAWとの同時記録にしてあるので、ホワイトバランスは後で調整できるのですがね)

それと、僕はマニュアルでシャッタースピード1/125~1/60secぐらいにしているのですが、先輩のデジカメはすべてカメラ任せなので、シャッタースピードが1/500とか1/800secとかになっていました。
すると連続撮影(オートブラケティング)すると ガレリアの一部が停電したかのように全く点灯していない写真が何枚かありました。
整流器によってフリッカー現象が起きているようです。(「ルミナリエ停電!」と言っても信じてもらえるような写真でした)

東遊園地のメイン会場は、昨年に続き、半円状の作りになっていました。
「巨大なドーム」といった感じでした。
左右シンメトリーの至ってシンプルな構成だったため、撮影ポイントは正面1ヶ所といった感じでした。



その他の付随的な作品も例年になくシンプルというか、規模が縮小された印象を受けました。
その代わり盛況なのが、周辺の屋台。完全にイベントの様相になっていますが、一応はメイン会場抜けたあとなので、場所の配置的にはまあそれなりに考慮はしているようでした。

メイン会場入口に禅宗の托鉢僧がおられたので、初めてお布施というものをしてみました。

会場を20時20分頃に離れ、38年前から馴染みのミュージックバーPiccoloに行きました。
東京出張から帰ってきたばかりのM本先輩が 先に店で待っていてくれました。

Photo Gallery:https://photos.app.goo.gl/EK1TYESh771atoF67
(Dedicated to my ol' friend Yasuhisa Fukuda passed away 24.Nov. 2019  RIP)

日曜日, 12月 23, 2018

Kobe Luminarie 2018

神戸ルミナリエに12月12日に行ってきました。

今年は今までよりも多くの51万個のLEDが使われていたようです。

東遊園地のメイン会場は、今までの円形ではなく、半円状のものになっていました。

ようやくデータ整理ができたのでアップロードします。







https://photos.app.goo.gl/ZAobT5NbqenQXjZD8
★過去のルミナリエ

土曜日, 12月 16, 2017

Kobe Luminarie 2017

12/12に松岡先輩と元町駅で待ち合わせ、ルミナリエに行ってきました。

本年は神戸開港150年、来年が兵庫県政150周年ということで、かなり気合が入っているような触れ込みだったので、期待して行きました。

さすがに震災から23年も経つと、ルミナリエも「慰霊・鎮魂」という当初の意味合いも薄れ、もはや冬の風物詩の一つになってしまったようです。


 特に今回は先に述べた「神戸開港150年」ということもあり、完全に記念イベント的な様相でした。
元町から会場への約30分強の迂回路も警備員に混じった警官の少し威圧的な規制言動に嫌悪感をいだきました。
会場での警備員の「立ち止まっての写真撮影は大変危険です。前の方に続いて立ち止まらないで足元に注意してお進み下さい。」と絶え間なく繰り返される言葉にBGMも掻き消され「雰囲気」はぶち壊しでした。そもそも殆どの人が立ち止まって写真撮ってるので、お互い様で何の危険もないように思えたけど(写真撮る人は道路中央、先を急ぐ人は両脇と自然に流れていたんだけど)。


東遊園地のメイン会場は 昨年までの円形の作りではなく、通り抜け型になっていました。
会場内での人の滞留時間を短くする目的なのか、意図はよくわからないですが、結局写真的に美しいのは左右シンメトリーになる真正面の一点だけで、円形構造のときのように 観る角度によって印象が変わるという事はまったくありませんでした。
元々幾何学的な繰り返しパターンのパネルの組み合わせだったので、全体的な造形によって生命力が与えられていたように感じていたので、今年の作品はそういう意味からは恐ろしく静的で魂を抜かれたような印象を強く受けました。
その反面、例年に比べ華やかな色使いで輝度の高いLEDを使っているため、その過剰な光がもはや僕が好んでいた「ステンドグラス」の雰囲気を大きく逸脱し、アミューズメントパークのイベント風も通り越し、ラスベガスか 田舎のド派手なパチンコ屋的な様相を呈していたのが残念です。


以上のような理由もあり、今年は例年に比べ写真枚数も滞在時間もほぼ半分でした。
期待が大きかっただけに落胆も大きかったわけですが、決して質が落ちたというわけではなく、神戸市の記念事業としては立派な成功しているイベントだと思います。(単純に僕の「好みに合わなかった」だけ)



ルミナリエのあと、宮本先輩も交えて35年前から通っているショットバー「ピッコロ」に行き、学生時代のように はしゃいで大笑いして時間を過ごしました。

ルミナリエがいつか終わってしまっても、毎年この時季にはこの店で集まりたいものです。

PS:ルミナリエ開催は17日までです。 散々酷評したけど、僕の好みに合わなかっただけで、充分にレベルの高い作品です。 露店の数もここ数年前より減って環境的には良くなっていました。

元町駅からは会場入口までは約35分ほど迂回路を並ばされます。(そのせいもあり、当日の歩数は10,466歩記録しました。)

火曜日, 1月 17, 2017

22年前の1月17日 --- 阪神大震災の記憶



22年前の今日1月17日
明け方突然の「グオォォォ~!!!」という地響きとともに下から突き上げるような激しい揺れを感じた。
眠っていたはずだが、何故か地震の最初の瞬間から記憶がある。

「地震だ!」ととっさに気付いた僕は横に寝ていた当時1歳になったばかりの長男の上に覆いかぶさる。
(直後に妻も長男をかばおうとしてきたが 僕の方が先だった ----- いまだに唯一の自慢です)
揺れの直後から停電したため、照明器具の常夜灯も街灯も消え、まさに真暗闇の中での恐怖の十数秒。 報道では十数秒と報じられたが 僕にはとても長い時間に感じられた。
大地がとてつもなく大きな力でねじ曲げられて 壮絶な唸り声を上げていたように記憶している。
家の中のいろんなものが倒れ、ぶつかり・・・あらゆるものが同時に唸り、悲鳴を上げていたようなそんな一瞬だった。
(妻の話では僕自身が「うおぉぉぉぉ~~~!!!」と叫んでいたらしい)

普段から枕元にマグライトを置いていた僕は 手探りでそれを見つけ、室内を照らしてみた。

足下のわずか数センチのところに鏡台が倒れていて、隣のDKでは冷蔵庫が食卓テーブルの普段息子の座っているイスの上に倒れ込んでいた。(食事時だったら息子の頭部直撃!)
食器棚も倒れ、中のものは粉々。一緒にいれてあったWhiskey, Ginなんかもボトルが割れ中味が全部フロアに流れ出していた。
ガラスや食器の破片の中をマグライトの光を頼りに玄関まで辿り着く。
玄関が開かない!
どうやら地震で歪んでしまったようだ。
力任せになんとかこじ開けて外に出る。
外はまだ街灯も停電したままで、日もまだ昇っておらず、街中で体験する初めての真暗闇!
近所の人も何人か外に出ていて少し言葉を交わしたが、一体誰と話したのか顔が全くわからない。
駐車場にとめてあったクルマは幸い無傷だったので、家族3人で近くに住む両親のところに向かう。
幸い両親のところも怪我もなく無事だった。

テレビで情報を得ようとしても停電しているので全く状況がつかめない。
クルマのラジオを聞いてもまだ何の情報もない・・・(今から思えば当たり前の話)

そうこうしているうちに日も昇り、余震が続く中、徐々に被害の状況が見えてきた。
「こりゃぁ結構ひどいな・・・」と思いつつ、その日 撮影が予定されていた事を思い出し、尼崎のホテルに前夜東京から泊まりに来ていた編集部のU氏に連絡とる。川西市のN先生にも連絡をとり、周りの状況もわからないまま撮影現場に向かう事になった。

尼崎から川西までの南北の道、信号は全部停電して消えていた。
道の両側にある民家は ほとんどが瓦が落ちていた。
主要幹線道路だったので優先通行になり ほとんどノンストップで現地到着。
普段の半分の時間で着いてしまった。

当日朝に届く予定だった撮影用の花が「この状況では時間に間に合わないかも」という事で、近くのホームセンターへ男3人で買い出しに行く。
停電のため店内を軽トラックのヘッドライトで照らし、人々が緊急用の懐中電灯や電池、ロウソク、使い捨てカイロ等を買い求めているような状況で 我々だけが台車の上にパンジーのビニールポッドをいっぱい並べ「先生、赤いパンジーこんなもんでいいですかね?」「いや~、春らしくするにはもう少し多い方がいいで。あと10個追加やな」などと今から考えるととんでもない行動をしてた。

繰り返される余震の中、15時頃まで撮影を続け、やっとその頃になってテレビが映るようになっていた。
神戸の長田区の状況が映し出され「結構被害大きいな」「死者100人ぐらい出てるで」などと言っていたのを思い出す。
撮影終了後、帰宅途中に各地から応援に駆けつけた消防車に多数遭遇。名古屋からの消防車に並んだ時「とんでもない事になっている」と初めて気付いた。
意外と 被災地の真っ只中にいる人間は被害の全体像が把握できないものかも。

結局 撮影済みフィルムは万一の事を考えて東京へ持って帰ってもらう事にした。(後で聞くと 大阪の現像所、地震の影響で3日ほど稼働できなかったそう)
東京行きの新幹線はその時点では不通状態だったが、辛うじて翌朝 新大阪から東は復旧。

2日後、やっと大阪の事務所に行く事ができたが ここも結構揺れたらしく事務所内グチャグチャ。
幸いカメラ類の撮影機材はキャスター付の頑丈なスチールラックに積み上げていたので、ラックごと移動していて 倒れたり落ちたりしているものはなかった。これは本当にラッキー。

その翌日、昼夜を問わず襲ってくる余震の事を考え、妻と息子 そして僕の妹と当時3才の姪っ子を妻の実家の沖縄に避難させる事に。
伊丹空港へクルマで送って行ったのだが、途中道路や橋が通行止めになっていて道がわからなくなってしまった。
出発時刻も迫っていたのであせって飛行機が離着陸している方向に向かって迷いながら空港に辿り着いたような記憶がある。 (当時はまだカーナビなんてなかった)

地震の数カ月前に内装をリフォームした住まいも半壊状態。
でも身内で誰一人怪我人がでなかったのが幸運だった。

神戸の方では本当に多くの方が被害に遭われました。
友人や先輩などで 御両親や身内を亡くされた方とかもいらっしゃいました。
彼らの事を考えると 我々は本当に「無傷」状態だったと思います。

それから1ヶ月ほどの間、上水道が復旧しない西宮・芦屋などの知人宅へ 交通規制の解けた20時以降 毎晩のようにポリタンクに水を汲んで順番に配って回ったのを思い出す。


あれから22年・・・。
社会人1年生の長男は当然とはいえ、地震の記憶はないという。
3年前から某通信社で活躍中の姪っ子(現在金沢支局配属)は「巨大な怪獣がやって来た」ような恐怖心は覚えているらしい。
追悼・慰霊・鎮魂の目的で始められた神戸ルミナリエもその初期の意味合いが薄まり 観光イベント化してしまっている。


いつまでも過去にしがみつく事もないと思うけど、せめてこの日だけは「あの日」を思い出す日にしたい。

あの頃 被災地の人たちはお互いに助け合って生活していたと報道されていたし、僕も実際そういう風に感じていた。(いわゆる火事場泥棒は他所から来た奴の仕業らしい)
でもまた今、以前のような「冷たさ」に戻ってしまったようにも感じられる。
なんか残念・・・。

もう二度とあのような事が起こりませんように。 と祈り続けていたにもかかわらず、6年前の3月11日には この阪神大震災を何倍も上回る東関東大震災が、そして昨年は熊本地震が・・・


震災で亡くなられた多くの方々に ........... 合掌。


(9年前のmixi日記に加筆しました)

参考資料 (当時の様子) http://goo.gl/l9I8q http://youtu.be/hZ1vTGKqXOU

水曜日, 12月 14, 2016

Kobe Luminarie 2016

神戸ルミナリエ 2016  "Ode della luce"「光の抒情詩」

今年も神戸ルミナリエに行って来ました。(12.7.)

例年のように元町駅から約1.4km迂回路を歩いて約30分後にようやくルミナリエの見える場所(「ソロピース 平和の飛翔」付近)に到着。




1昨年よりも更に1ブロック後退。
かつては350mあった「ガレリア(回廊)」も今や190mに短縮。

1昨年一時的に全白熱球になったものの、昨年からまた全LEDに戻っていた。
 昨年も撮影画像チェックしていて感じたのだが、LEDが蛍光灯のようにフリッカー(高速点滅)するタイプを使っているようで、同じ箇所を同一露光で数枚撮って比較すると、パネルの明暗箇所が移動している。
細部をチェックすると確かに 点灯しているパーツブロックと点灯していないパーツブロックが入れ替わったりしている。
蛍光灯照明下の撮影同様1/30秒以下の低速シャッターだと残像でわからなくなるのだろうけど、あの人出の中で三脚据えたりするのは不可能なので、今年もやはり一脚を上に突き上げての撮影(1/100〜1/160sec)。







今回は全てRAWデータからの現像処理。
こういう光源照明下では特に威力を発揮(少々作業が面倒だけどね)

水曜日, 12月 23, 2015

神戸ルミナリエ 2015

今年は全てがLEDに切り替わった神戸ルミナリエ。
昨年の「全て白熱電球」と比べ、やはりクールな印象。

色温度が太陽光に近い6000ケルビン前後ということもあるが、LED特有の指向性のある光質のため隣接する他の色との干渉が少なく、濁りのない彩度の高さを実感。
ただ、白熱電球の光の拡散による微妙に色の混ざったグラデーションも結構いい味を出していたので、コンピューターグラフィックスで描かれたような奥行きのあまり感じられない色合いは少し残念だった。

それと、光が広範囲に拡散する白熱電球に比べ、照射範囲が極端に狭いLEDゆえ、会場周辺は思った以上に暗くなっていた。
写真で見てもフロントーネ、ガレリアの設置された通りのビル壁面はほとんど光も当たらず、過去に比べて最も周りが暗くなっている。
ルミナリエの作品自体が浮き上がって良いのは確かだが、ちょっと周りが寂しすぎる感じも。

スパッリエーラの設置されたメイン会場の東遊園地でも、今までに比べ暗い印象。
「光が溢れている」印象からは程遠い感じ。

ここ数年、年を追う毎に規模も開催期間も縮小傾向にありますが、今年は例年のフロントーネ設置場所が約50m後退していました。(その代わりというか、日本国内初登場という「光の天井 (ガレリアコペルタ)」がフロントーネ(玄関)に続いて設置されていました。)
 (11日の強風でこの天井が落ちてこなくてよかったです)

メイン会場のスパッリエーラも高さ・直径ともに小さくなった感じ。

支柱部分の電飾も以前は手の届く高さまであったように憶えていますが、今年は背伸びしても届かない高さになっていました。
デザインも過去10年ほどに中で一番シンプルかもしれない。(同じデザインのパネルを単純に連結させて円弧を作っているだけのような印象。動画で360°パノラマ撮ってみたけど、カッサ・アルモニカがなければ1周したのがわからないほど。)

11日の早朝の強風で倒壊した噴水広場のスパッリエーラも、YouTub投稿で見た「ショータイム」は光の点滅速度が意味もなく早すぎて「優雅さ」が全く感じられなかった。(人によっては癲癇起こすかも?)

阪神大震災直後の真っ暗だった神戸の街を照らす希望の光をモチーフに、その年の暮れに始まったルミナリエ。

2011年から一部作品(ソロピース・噴水公園フォンテ)にLEDを使っていたが、昨年度は原点回帰で全てを暖かみのある白熱電球で開催。そして今年度は全てをLEDに。
ある意味で、「鎮魂・慰霊・復興」としてのルミナリエは20回目の開催だった昨年度で終わったのかもしれない。

イベントとしての傾向が強くなったルミナリエ。
来年も行くかどうかはわからない・・・。

http://goo.gl/Y3qvOc