Wednesday, March 14, 2007

明日から松山


明日から松山へ出張。 撮影自体は16日朝からで夕刻には終わる予定。

東京の編集部からは飛行機ですね?と訊かれ、その時はそのつもりでいた。


しかし毎度の事ながら、飛行機は面倒だ。

飛行機自体は好きなのだが(ちなみに以前はまっていたPSゲームはAceCombatシリーズ)、搭乗手続きが面倒。

まず三脚、スタンドの類いを預けて、ボディチェック。

毎回ここで面倒が起きる。
カメラ機材は預けるわけにはいかないので機内持ち込みにするわけだが、フィルムはX線を避けるために手検査。

プロパックで購入しているので1本ずつ箱に入っていない。
そのため開封品と同じ状態になるため1本1本パトローネケースから出しての検査だ。
カメラ本体はX線透視で問題ないのだが、時折 常時バッグに入れてあるArmy Knifeを出し忘れたら大変だ。
機内には持ち込めないので乗務員預かりとなる。
到着後預けた荷物と同じ場所で返してはくれるのだが面倒が一つ増える。
それにボディのチェックではポケットの小銭や腰の鍵の束、腕時計、携帯電話など外してもダメ。
どうもベルトのバックルが反応しているようだ。
再度金属探知器のゲートをくぐる。「ピ〜〜〜ッ」
あと思い当たるのは靴しかない。
トレッキングブーツの金具が反応したようだ。靴をスリッパに履き替えて再度ゲートをくぐる。
今度は大丈夫だ。勝ち誇った私が見たものは後ろに続く人の列・・・。


その後、要領を得た私はカゴを2つ用意し、係員に言って先にスリッパに履き替え、フィルムもカゴの中。
ところが検査待ちの行列の中、他の人は出張か旅行かは知らないがそこそこの格好はしているのに私一人がベルトのバックル外して、スリッパ履き・・・。
客観的に見てメチャ格好悪いと思った。

学生時代は夏でもWestern Bootsと長袖のWestern Shirtsと、今から思えば自分でも「何 気取ってんね、こいつ」という格好をしていたのに、いきなり空港でベルト外してスリッパかよ〜〜!

で、機内に入ると今度はカメラバッグの置き場所だ。
10kg近くにもなるバッグを頭の上の収納スペースにいれるのは何かあった時に怖い。
それに機体によっては最初から狭くて入らないし。

で、前の座席の下にいれる事になるのだが、これがまたギリギリ。
それにこれをすると自分の足の置き場がない。

そんなこんなで結構疲れる。

なによりも、いつも持って行っている機材に制約があるというのが一番イヤだ。(レフ板、ディフューザー、三脚等が持って行けない事が多い)


というわけで、色々考えた揚げ句、フライト1時間のところ5時間かかるけど自分でクルマ運転して行く事に決定。


そんな矢先、昨日ボンバルディア機が・・・。

航空時刻表で調べたらANAもJALも伊丹--松山の路線、メインの機体が昨日テレビでさんざん放映されていたあのDHC8-Q400型機だった。

まぁ早めに出発してのんびり音楽でも聞きながら行くか。


でもあの小型機からタラップで歩いて降りるのも結構気持ちのいいものですよ。大統領専用機みたいで。

Tuesday, March 13, 2007

画像修整は根気のいる仕事


昨年あたりから殆どの仕事がデジタルに移行したが、フィルムの時に比べ撮影後の仕事が増えた。
撮影の仕事が増えたのならありがたいのだが、仕事数が減少傾向にある上に後の作業だけ増えたから始末が悪い。

以前は撮影後は現像所に持って行って、2〜3時間後に現像上がりを取りに行って あとは露出のベストのものを選んで終わりだった。

今でもそれと同じような事で済まそうと思えば済ませられるのだが、A型のせいかそれでは気が済まない。
自分の理想と違えばPhotoshopを起動して露出のシビアな調整から、画面上の余計なものの削除・修整等レタッチをやってしまう。

東京の担当編集者からは「ポジの時よりもきれい」とか「納品時のサムネイルプリントがとても見やすい」とかお褒めをいただく。
そりゃそうだ、撮影にかかった時間よりも下手すりゃ長い時間 後処理作業にかかっているのだから。


しかしながら これが雑誌の仕事の場合、ギャラに反映されないのだ。
あくまでもサービスの作業・・・。それでも私は時間が許す限り、必要最低限の修整はせずにはすませられない・・・。(損な性分だ)
いつしか 私の仕事に度肝を抜かれたというある女性編集者に「Mr.レタッチ」と呼ばれるようになってしまった・・・。



オペレーター任せでなく、撮影者本人がデータいじるのが一番、と信じて早3年。

このスキルを生かせる仕事になかなか出会えないのが残念。



ちなみにこんな事ができます。
http://www.geocities.jp/dixie8049/ITOH_STUDIO/Sample/Retouch_Samples.html

Saturday, March 10, 2007

"The Dark Side of the Moon / PINK FLOYD"



ピンク・フロイドの1973年の作品。 邦題「狂気」
アルバム1枚で1作品というコンセプトアルバム。

中学3年生の時にこれを初めて聴いた時、正直いいのか悪いのか、何の事かよくわからなかった。
ただ何となく浮遊感のようなものは感じられた。
よく もわからないくせにRock好きの友達と偉そうに「ピンク・フロイドの狂気ええよね〜。原子心母よりも一段と音が緻密になったよね〜」などとレコード評の 切り売りそのままを通学電車の中で話していたように覚えている。

その後このアルバムはビルボードのアルバム・チャートで全米1位を獲得し、15年以上(連続591週、トータル741週)に渡ってランクインするというギネス記録を打ち立てた。

それを裏付ける話として、1980年頃カリフォルニア・サンディゴに留学していた友人の話で「アメリカの友達の家に行くと、どのうちにも必ずこいつ(狂気)だけはある。Bluesしか聴かない奴やHardRockしか聴かない奴まで。なんでかわかるか?奴ら葉っぱをやる時には必ずこのレコードかけるかららしいぜ。当然窓は全部閉め切ってな・・・」 (←窓からの転落防止のため)
彼曰く、ドラッグをしながらこのアルバムを聴くと音の一つ一つが頭の周りをグルグル回るらしい。

元々そういうサウンド・エフェクトが施されてはいるがそれが本当にリアルに迫ってくるらしい。
彼によれば「おそらくそういう聴き方を想定して創ったアルバムだろう」という事であった。

確かにこのアルバムは独自の浮遊感・陶酔感を湛えた最高のトリップ・ミュージックだと思う。
アルバムのアートワークも秀逸で、総合的な面でROCKの金字塔であると私は信じている。

CDになって一番うれしかったのは、ノンストップで最後までどっぷりこの音に浸れる事。

ドラッグなしでも結構トリップできるお薦めの1枚。 


Friday, March 09, 2007

今日の1曲・・・「地中海の舞踏」



1981年のある晩、ベッドに入ってナイトキャップ代わりのFMをかけながらウトウトしかけた頃、ラジオでかかったのは発売直後のこの曲。
何となく序盤はきれいな音なので「このまま眠れそう...」と思ったのだがとんでもなかった!

徐々に盛り上がり、火花を散らす2本のスパニッシュギター!!  

「ハードな演奏はディストーションの効いたエレキギター」と信じて疑わなかった当時Rockerだった私はぶっ飛んだ! 
曲が終わった後も目がさえて眠れず、結局朝までギターのフレーズが頭の中を駆け巡っていた。

翌日、大学に行くと真っ先に生協購買部のレコード売り場に行き、このアルバム(当時はまだアナログLP)を購入。 
オリジナルバージョンは1976年発表のAl DiMeolaの "ELEGANT GYPSY"の収録曲だったのだが、当時Southern Rockしか聴いていなかった私は知る術も無く、全くの初耳。

ラジオで聴いたバージョンはAl DiMeolaとPaco DeLucia, John McLaughlinの3人によるスーパーギタートリオライブ "FRIDAY NIGHT IN SAN FRANCISCO"からのテイク。
原題は "Mediterranean Sundance / Rio Ancho" だが 邦題は「地中海の舞踏/広い河」になっていた。
2本のギターはAl DiMeolaとPaco DeLuciaだったのだ。

その後、Paco DeLuciaのアルバムも何枚か聴いたが、このライブ盤の「地中海の舞踏」が私個人的にはベストの演奏ではないかと思う。
 
哀愁を帯びたフラメンコ調のスパニッシュギターが徐々に熱気を帯び、互いが激情ともいえる火花を散らす様が目に浮かぶようで、数少ない「戦慄を覚えた」1曲。

Thursday, March 08, 2007

心が洗われます・・・

今朝、同窓グループサイトに友人がお奨めといって投稿してくれていたサイトです。

転用になりますがURLアドレス載せます。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1387/walkingtour.html
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/1387/happybirthday.html

以前記載していた.swfファイルが時々サーバーから消失してしまうようなので、画面サイズが小さくなってしまいますが、.html版のURLに変更しました。 アクセスできなかった人、もう一度見てみて下さい。
(2007.04.09.Modified)

Wednesday, March 07, 2007

GRAND FUNK RAILROAD "HEARTBREAKER"



今朝、久々に交換したカーオーディオのCDチェンジャー。
何曲目かでかかったのはグランドファンクのハートブレーカー!
この曲は確か中学2年生の頃初めて聞いて、その後 高校の文化祭オーディションでも演奏しました。(私はドラム。結果は残念ながら落選...。)
このバンドのリーダーで ギター弾いてた友人の飯村良君、20年ほど前病気で他界してしまい・・・
なんかこの曲聴いてると、学生時代の事や その友人の告別式の時の様子とかがいっぺんにフラッシュバックしてきました。
音楽ってこういう 当時の思い出やなんかをまとめてパッキングしてくれる事ってありますよね。
(定期試験勉強の時、ヘッドフォンでPINK FLOYDの「原子心母」聴きながら暗記して、試験の時に曲を頭の中でプレイバックして一緒に覚えた暗記内容を思い出した なんて事もありました)
ちなみにこの "Heartbreaker"は彼らの1969年発表の1stアルバム"ON TIME"に収録されていました。