日曜日, 10月 16, 2011

「流行」って?

最近この歳(?)になって 少しは冷静に世の中を見れるようになってきた。

昔からも気になっていたけど「流行」って一体何だろう?

学生の頃から夏の終わりになると「今年の秋の流行はこれ!」みたいな雑誌記事やテレビで目にしたことが多かった。(特にファッション)
販売員からも「これが流行りです」みたいなことをよく言われた覚えがある。

昔からファッションに限らず聴く音楽も食べるものも「流行」とは無関係だった(天邪鬼?)こともあり、さほど気にしていなかったが、最近 高3と中3の息子二人が「流行」を気にし始めたので改めて、この「流行」というものについて考えてみた。

「流行っている」と言われている時って「本当に流行ってる」って 実感したことがない。

「流行」を売りにしたモノってどこか他とは違う奇抜さがあって、本当にみんながみんなそれを着たら正直異様です。

「定番」と言われるモノは たとえそれをみんなが身につけていても 違和感がないことから考えると、やはり「流行りモノ」にはある意味で「毒」のような物が存在していると想像されます。

土曜日, 10月 15, 2011

ZZ TOP's original mixes (not "Six Pack")

先日 "Tejas" をアナログLPから音吸い上げてCDに焼き直したが、やはり世界中にはかの "SIXPACK" に不満を持つ人も多いようで、同じようなことをしている人がいるということでした。

以下 ネット上で見つけた情報をそのまま転載です。


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These are all the original mixes of the classic '70s ZZ Top catalog. For those of you not familiar with the history of these recordings:

Before 1987, ZZ Top's first 7 albums were not released on the CD format. So, in 1987, to capitalize on the success of the synth and drum machine laden sound of Eliminator and Afterburner, Warner Bros Records convinced the band to go back into the studio and remix the back catalog for a 3-disc compilation of six albums, entitled "Six Pack."

Longtime fans of the band who had been listening to them on vinyl for years were very shocked when they updated their collections to CD. These new mixes were terrible. The albums that fans of ZZ Top had grown to love every nuance of for years were no longer the same - gone was the rawness of what made classic ZZ Top what it was - replaced instead with fake, overly polished, annoying sounding drums and everything was drowned in a sea of cavernous reverb. Some vocal lines and guitar parts were even re-recorded or alternate takes were used (in some cases with different lyrics), and a few songs were even shortened in order to jam two albums of material onto each disc.

Fortunatly, the band's sixth album, 1979's Degüello was spared this treatment due to a dispute with Elmore James' estate over the lisencing of the cover song "Dust My Broom." This album was left off of the "Six Pack," and replaced with the band's seventh album "El Loco," which was also spared the remix treatment, presumably because it was relatively new at the time. After the dispute with James' Estate was settled, Degüello was eventually released on CD with it's original mix intact. The 6 albums released on the "Six Pack" were also issued seperately on their own CDs, but unfortunatly they used the remixed versions from the "Six Pack," and not the original mixes.

So, fast forward to present day, the original versions of these great albums have been unavailable on CD for all of these years, with several exceptions: 1977's "The Best Of ZZ Top" was released on CD, and this did contain the original mixes. Finally, in 2003, a 4 CD box set "Chrome, Smoke & BBQ" was released, which contained an abundance of these classic '70s recordings remastered in their original mixes for the first time on CD. The majority of each of these classic albums were included on the box set, but unfortunatly a few tracks from each album were left off.

木曜日, 10月 06, 2011

Steve Jobs スタンフォード大学2005年卒業式で行われた伝説のスピーチ

本日逝去されたAppleの創始者であり、元CEOのSteve Jobs氏の伝説のスピーチというものに今頃になって出会いました。
いつまでも記憶に留めたく、コピーさせて頂きました。

Requiescat in Pace .... 

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ありがとう。今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。
実は私は大学を出ていないので、これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。
今日は私の人生から3つのストーリーを紹介します。
それだけです。大したことありません。たった3つです。


最初は、点と点をつなぐ話です。
私はリード大学を6ヶ月で退学しましたが、本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。
ではなぜ辞めることになったか?
その理由は私が生まれる前に遡ります。
私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。
彼女は育ての親は大学を出ているべきだと強く感じていたため、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることになっていました。
ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。
そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか?」という電話を受けたのです。
彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、生みの母親も後で知ったことですが、母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。
そこで、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、何ヶ月か経って、今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、気持ちが整理できたようです。
これが私の人生の出発点になったのです。

17年後、実際に大学に入りましたが、私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは大学の学費に使われていました。
半年もすると、私はそこに何の価値も見出せなくなっていたのです。
人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。だから退学を決めたのです。それが全てうまく行く道だと信じて。
もちろん当時はかなり怖かったです。ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、自分にとって面白そうな授業に集中できたからです。

寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。
夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに7マイル歩きました。
これが私の楽しみでした。こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験があとになって値
段がつけられない価値に変わったのです。

ひとつ具体的な話をしてみましょう。
リード大学には、当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。
見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベルまで美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。
私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないのでカリグラフィの授業を受けて手法を学ぶことにしたのです。
私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり文字と文字のスペースを変えていく概念についてつまり異なる文字のコンビネーション手法など素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。
フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、科学で把握できないほどの緻密さでしたのでそれは私にとって魅力的な発見となったのです。
フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。
しかし、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時にその知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。
こうして初めて美しいフォントを持つコンピュータが誕生したのです。

もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、 ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないのでこうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。
もし私が大学を退学していなかったら、あのカリグラフィの授業に寄り道することはなかったしパソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。
もちろん大学にいた頃の私には、未来を見据えて点と点をつなげることはできませんでした。
しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。

もう一度言います。 未来に先回りして点と点をつなげることはできない。
君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。
だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。
自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。
歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。