金曜日, 12月 09, 2011

Kobe Luminarie 2011

先日 毎年恒例の「神戸ルミナリエ」の撮影に行って来ました。

1995年の12月に阪神大震災犠牲者の鎮魂・慰霊と、神戸復興の希望を託して始められたルミナリエも今年で17回目を迎えました。
更に今回は新たな開催趣旨として「東日本大震災の被災地へ 犠牲者の鎮魂の祈りと復興支援のエールを送る」ことを掲げています。

ルミナリエは今年からデザイナーが替わったということで、やはり趣が少し変わりました。
これまでの曲線を多用したデザインから 直線的なデザインに変化したような気がします。
回廊(ガレリア)も入口から見た感じではトンネルのように感じました。数が多くなったのか 作品自体に厚みが出たのかはわかりませんが。
出かけた日は水曜日でしたが、この数年来で一番の人出でした。
できるだけ人の少ない日を狙って行っているのですが、前日も午後から崩れる・翌日は雨 との天気予報でこの日を選んだ人が多かったようで、後で調べたら239,000人ということで その前の土日に次ぐ多さでした。
幸い暖かかったので良かったです。去年か一昨年は寒くてマフラー、手袋、デビー・クロケットキャップ被って 吐く息が白い中で撮影したのを覚えています。

JR元町駅からゾロゾロと並んで歩き、最初の入口である「フロントーネ」が見えるところまで約30分。そこから東遊園地の「スパリエーラ」が見えるところまで20分ほどかかりました。
今回は人の多さに本当に一瞬たりとも立ち止まれず、フロントーネ、ガレリアの写真はあまり撮れませんでした。
今年も一脚の先にカメラを付けてセルフタイマーで撮ったりもしたのですが、如何せん立ち止まれず 後ろから押される状況ゆえ、ライブビューモードで撮ったものが多いです。
一緒に行った元バンドメンバーの先輩に 後ろでブロックしてもらったりしましたが  やはりかなり無理がありました・・・。
高さが稼げなかった分、人の頭が多く写ってしまいました。
東遊園地スパリエーラのカッサ・アルモニカでは 設置された「賽銭箱」状態の鐘を懸命に狙って硬貨を投げている人たちの後ろから 無欲で投げた最初の5円玉が見事左から2番目の鐘に命中しました。まぐれとはいえ なんか嬉しいですね。
今回は会場南側に いつもと違う青白いルミナリエがあると思って行ってみたら「フォンテ(祈りの泉)」と名付けられたものでした。(この作品がLED使用ということです)
「宮城県石巻市」という文字が見えたので、どうも東日本大震災のパネル展示と募金活動をしていたようですが、残念ながらあまりの人の多さと、時間のなさで中に入ることができませんでした。
 そのあと「精霊たちの庭」を足早に通って、神戸市役所の展望台(24階)に何とかルミナリエの消灯6分前にたどり着き、初めて上から会場を一望した写真を撮ることが出来ました。


そして久しぶりにいつもの30年来のShot Barに行き 更に先輩1人を加えて3人で楽しい時間を過ごしました。
(マスターが僕の顔見て Stevie Ray Vaughanのアルバム "Couldn't Stand The Weather" かけてくれました。実はこの店で初めてSRVを知って(このアルバム)、マスターの情報でその数週間後に大阪公演があることを知り、今回も一緒にルミナリエに行った先輩と二人で観に行きました。そんな事も覚えていてくれるんですよね〜。1985年の話。)


↓  ↓  ↓
今回撮影したルミナリエのPhoto Gallery

撮影には2004年から行っているので今年で8回目になります。
カメラもその間にD100からD200、D300sになりました。
今回は全てRAWで撮影し、1枚1枚PhotoshopCS5で仕上げました。
撮影データはもう少し横長だったのですが、Webブラウザでの表示を考え、左右をトリミングしました。
Hi-Res(2048×1536)もアップロードしています。




火曜日, 11月 29, 2011

セヴァン・カリス・スズキ - 環境サミット1992

知人のブログで知った「セヴァン・スズキの地球環境サミットでの伝説のスピーチ」(1992)

------------------------------------------------------------------------------------------------------------

リオでの伝説のスピーチ
Severn Cullis-Suzuki (セヴァン・カリス=スズキ)
翻訳・佐藤万理、辻信一

こんにちは、セヴァン・スズキです。エコを代表してお話しします。エコというのは、子供環境運動(エンヴァイロンメンタル・チルドレンズ・オーガニゼェーション)の略です。カナダの12歳から13歳の子どもたちの集まりで、今の世界を変えるためにがんばっています。あなたがた大人たちにも、ぜひ生き方をかえていただくようお願いするために、自分たちで費用をためて、カナダからブラジルまで1万キロの旅をして来ました。

今日の私の話には、ウラもオモテもありません。なぜって、私が環境運動をしているのは、私自身の未来のため。自分の未来を失うことは、選挙で負けたり、株で損したりするのとはわけがちがうんですから。

私がここに立って話をしているのは、未来に生きる子どもたちのためです。世界中の飢えに苦しむ子どもたちのためです。そして、もう行くところもなく、死に絶えようとしている無数の動物たちのためです。

太陽のもとにでるのが、私はこわい。オゾン層に穴があいたから。呼吸をすることさえこわい。空気にどんな毒が入っているかもしれないから。父とよくバンクーバーで釣りをしたものです。数年前に、体中ガンでおかされた魚に出会うまで。そして今、動物や植物たちが毎日のように絶滅していくのを、私たちは耳にします。それらは、もう永遠にもどってはこないんです。

私の世代には、夢があります。いつか野生の動物たちの群れや、たくさんの鳥や蝶が舞うジャングルを見ることです。でも、私の子どもたちの世代は、もうそんな夢をもつこともできなくなるのではないか?あなたがたは、私ぐらいのとしの時に、そんなことを心配したことがありますか。

こんな大変なことが、ものすごいいきおいで起こっているのに、私たち人間ときたら、まるでまだまだ余裕があるようなのんきな顔をしています。まだ子どもの私には、この危機を救うのに何をしたらいいのかはっきりわかりません。でも、あなたがた大人にも知ってほしいんです。あなたがたもよい解決法なんてもっていないっていうことを。オゾン層にあいた穴をどうやってふさぐのか、あなたは知らないでしょう。死んだ川にどうやってサケを呼びもどすのか、あなたは知らないでしょう。絶滅した動物をどうやって生きかえらせるのか、あなたは知らないでしょう。そして、今や砂漠となってしまった場所にどうやって森をよみがえらせるのかあなたは知らないでしょう。

どうやって直すのかわからないものを、こわしつづけるのはもうやめてください。

ここでは、あなたがたは政府とか企業とか団体とかの代表でしょう。あるいは、報道関係者か政治家かもしれない。でもほんとうは、あなたがたもだれかの母親であり、父親であり、姉妹であり、兄弟であり、おばであり、おじなんです。そしてあなたがたのだれもが、だれかの子どもなんです。

私はまだ子どもですが、ここにいる私たちみんなが同じ大きな家族の一員であることを知っています。そうです50億以上の人間からなる大家族。いいえ、実は3千万種類の生物からなる大家族です。国境や各国の政府がどんなに私たちを分けへだてようとしても、このことは変えようがありません。私は子どもですが、みんながこの大家族の一員であり、ひとつの目標に向けて心をひとつにして行動しなければならないことを知っています。私は怒っています。でも、自分を見失ってはいません。私は恐い。でも、自分の気持ちを世界中に伝えることを、私は恐れません。

私の国でのむだ使いはたいへんなものです。買っては捨て、また買っては捨てています。それでも物を浪費しつづける北の国々は、南の国々と富を分かちあおうとはしません。物がありあまっているのに、私たちは自分の富を、そのほんの少しでも手ばなすのがこわいんです。 カナダの私たちは十分な食物と水と住まいを持つめぐまれた生活をしています。時計、自転車、コンピューター、テレビ、私たちの持っているものを数えあげたら何日もかかることでしょう。

2日前ここブラジルで、家のないストリートチルドレンと出会い、私たちはショックを受けました。ひとりの子どもが私たちにこう言いました。

「ぼくが金持ちだったらなぁ。もしそうなら、家のない子すべてに、食べ物と、着る物と、薬と、住む場所と、やさしさと愛情をあげるのに。」

家もなにもないひとりの子どもが、分かちあうことを考えているというのに、すべてを持っている私たちがこんなに欲が深いのは、いったいどうしてなんでしょう。

これらのめぐまれない子どもたちが、私と同じぐらいの年だということが、私の頭をはなれません。どこに生れついたかによって、こんなにも人生がちがってしまう。私がリオの貧民窟に住む子どものひとりだったかもしれないんです。ソマリアの飢えた子どもだったかも、中東の戦争で犠牲になるか、インドでこじきをしてたかもしれないんです。

もし戦争のために使われているお金をぜんぶ、貧しさと環境問題を解決するために使えばこの地球はすばらしい星になるでしょう。私はまだ子どもだけどこのことを知っています。

学校で、いや、幼稚園でさえ、あなたがた大人は私たちに、世のなかでどうふるまうかを教えてくれます。たとえば、

* 争いをしないこと
* 話しあいで解決すること
* 他人を尊重すること
* ちらかしたら自分でかたずけること
* ほかの生き物をむやみに傷つけないこと
* 分かちあうこと
* そして欲ばらないこと

ならばなぜ、あなたがたは、私たちにするなということをしているんですか。

なぜあなたがたがこうした会議に出席しているのか、どうか忘れないでください。そしていったい誰のためにやっているのか。それはあなたがたの子ども、つまり私たちのためです。あなたがたはこうした会議で、私たちがどんな世界に育ち生きていくのかを決めているんです。 親たちはよく「だいじょうぶ。すべてうまくいくよ」といって子どもたちをなぐさめるものです。あるいは、「できるだけのことはしてるから」とか、「この世の終わりじゃあるまいし」とか。しかし大人たちはもうこんななぐさめの言葉さえ使うことができなくなっているようです。おききしますが、私たち子どもの未来を真剣に考えたことがありますか。

父はいつも私に不言実行、つまり、なにをいうかではなく、なにをするかでその人の値うちが決まる、といいます。しかしあなたがた大人がやっていることのせいで、私たちは泣いています。あなたがたはいつも私たちを愛しているといいます。しかし、私はいわせてもらいたい。もしそのことばが本当なら、どうか、本当だということを行動でしめしてください。

最後まで私の話をきいてくださってありがとうございました。
 ------------------------------------------------------------------------------------------------------------

日曜日, 10月 16, 2011

「流行」って?

最近この歳(?)になって 少しは冷静に世の中を見れるようになってきた。

昔からも気になっていたけど「流行」って一体何だろう?

学生の頃から夏の終わりになると「今年の秋の流行はこれ!」みたいな雑誌記事やテレビで目にしたことが多かった。(特にファッション)
販売員からも「これが流行りです」みたいなことをよく言われた覚えがある。

昔からファッションに限らず聴く音楽も食べるものも「流行」とは無関係だった(天邪鬼?)こともあり、さほど気にしていなかったが、最近 高3と中3の息子二人が「流行」を気にし始めたので改めて、この「流行」というものについて考えてみた。

「流行っている」と言われている時って「本当に流行ってる」って 実感したことがない。

「流行」を売りにしたモノってどこか他とは違う奇抜さがあって、本当にみんながみんなそれを着たら正直異様です。

「定番」と言われるモノは たとえそれをみんなが身につけていても 違和感がないことから考えると、やはり「流行りモノ」にはある意味で「毒」のような物が存在していると想像されます。

土曜日, 10月 15, 2011

ZZ TOP's original mixes (not "Six Pack")

先日 "Tejas" をアナログLPから音吸い上げてCDに焼き直したが、やはり世界中にはかの "SIXPACK" に不満を持つ人も多いようで、同じようなことをしている人がいるということでした。

以下 ネット上で見つけた情報をそのまま転載です。


--------------------------------------------------------------------------------------------------------

These are all the original mixes of the classic '70s ZZ Top catalog. For those of you not familiar with the history of these recordings:

Before 1987, ZZ Top's first 7 albums were not released on the CD format. So, in 1987, to capitalize on the success of the synth and drum machine laden sound of Eliminator and Afterburner, Warner Bros Records convinced the band to go back into the studio and remix the back catalog for a 3-disc compilation of six albums, entitled "Six Pack."

Longtime fans of the band who had been listening to them on vinyl for years were very shocked when they updated their collections to CD. These new mixes were terrible. The albums that fans of ZZ Top had grown to love every nuance of for years were no longer the same - gone was the rawness of what made classic ZZ Top what it was - replaced instead with fake, overly polished, annoying sounding drums and everything was drowned in a sea of cavernous reverb. Some vocal lines and guitar parts were even re-recorded or alternate takes were used (in some cases with different lyrics), and a few songs were even shortened in order to jam two albums of material onto each disc.

Fortunatly, the band's sixth album, 1979's Degüello was spared this treatment due to a dispute with Elmore James' estate over the lisencing of the cover song "Dust My Broom." This album was left off of the "Six Pack," and replaced with the band's seventh album "El Loco," which was also spared the remix treatment, presumably because it was relatively new at the time. After the dispute with James' Estate was settled, Degüello was eventually released on CD with it's original mix intact. The 6 albums released on the "Six Pack" were also issued seperately on their own CDs, but unfortunatly they used the remixed versions from the "Six Pack," and not the original mixes.

So, fast forward to present day, the original versions of these great albums have been unavailable on CD for all of these years, with several exceptions: 1977's "The Best Of ZZ Top" was released on CD, and this did contain the original mixes. Finally, in 2003, a 4 CD box set "Chrome, Smoke & BBQ" was released, which contained an abundance of these classic '70s recordings remastered in their original mixes for the first time on CD. The majority of each of these classic albums were included on the box set, but unfortunatly a few tracks from each album were left off.

木曜日, 10月 06, 2011

Steve Jobs スタンフォード大学2005年卒業式で行われた伝説のスピーチ

本日逝去されたAppleの創始者であり、元CEOのSteve Jobs氏の伝説のスピーチというものに今頃になって出会いました。
いつまでも記憶に留めたく、コピーさせて頂きました。

Requiescat in Pace .... 

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------



ありがとう。今日は世界で最も優秀と言われる大学の卒業式に同席できて光栄です。
実は私は大学を出ていないので、これが私にとって最も大学の卒業に近い経験になります。
今日は私の人生から3つのストーリーを紹介します。
それだけです。大したことありません。たった3つです。


最初は、点と点をつなぐ話です。
私はリード大学を6ヶ月で退学しましたが、本当に辞めるまで18ヶ月ほど大学に居残って授業を聴講していました。
ではなぜ辞めることになったか?
その理由は私が生まれる前に遡ります。
私の生みの母親は若い未婚の大学院生でしたので、彼女は私を養子に出すことを決めていたのです。
彼女は育ての親は大学を出ているべきだと強く感じていたため、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることになっていました。
ところが、私が生まれる直前に、本当に欲しいのは女の子だと。
そういういきさつで、養子縁組を待っていた今の両親は夜中に「予想外に男の子が生まれたので欲しいですか?」という電話を受けたのです。
彼らは「もちろん」と答えました。
しかし、生みの母親も後で知ったことですが、母親は大学を出ていない、父親は高校も出ていませんでした。
そこで、生みの母親は養子縁組の書類へのサインを拒みましたが、何ヶ月か経って、今の両親が将来私を大学に行かせると約束してくれたので、気持ちが整理できたようです。
これが私の人生の出発点になったのです。

17年後、実際に大学に入りましたが、私はあまり深く考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったので、労働者階級の親の収入のほどんどは大学の学費に使われていました。
半年もすると、私はそこに何の価値も見出せなくなっていたのです。
人生で何がやりたいのか私自身に考えがなかったですし、それを見つける手助けを大学がどうしてくれるか思いつきませんでした。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を使い果たしている。だから退学を決めたのです。それが全てうまく行く道だと信じて。
もちろん当時はかなり怖かったです。ただ、いま振り返ると、これが人生で最良の決断だったのです。というのも、退学した時点で興味ない必修科目は受けなくてもよく、自分にとって面白そうな授業に集中できたからです。

寮には自分の部屋もなく、夢を見れる状態ではありませんでした。
夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、食費のためにコーラ瓶を店に返して5セント集めしたり、日曜夜はハーレクリシュナ寺院のご飯を食べに7マイル歩きました。
これが私の楽しみでした。こうした自分の興味と直感に従うだけの多くの体験があとになって値
段がつけられない価値に変わったのです。

ひとつ具体的な話をしてみましょう。
リード大学には、当時おそらく国内でも最高のカリグラフィ教育がありました。
見渡せばキャンパスにはポスターから戸棚に貼るラベルまで美しい手書きのカリグラフィばかりだったのです。
私は退学したのですから普通の授業はとる必要もないのでカリグラフィの授業を受けて手法を学ぶことにしたのです。
私はそこでセリフやサンセリフの書体について習ったり文字と文字のスペースを変えていく概念についてつまり異なる文字のコンビネーション手法など素晴らしいフォントの作り方を学問として学びました。
フォントは、美しく、歴史的にも、芸術的にも、科学で把握できないほどの緻密さでしたのでそれは私にとって魅力的な発見となったのです。
フォントは、人生の役立つという期待すらありませんでした。
しかし、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する時にその知識が役に立ち、マックの設計に組み込むことにしました。
こうして初めて美しいフォントを持つコンピュータが誕生したのです。

もし私が大学であのコースを寄り道していなかったら、マックには複数の書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、 ウィンドウズはマックの単なるマネに過ぎないのでこうしたパソコンがいま世界に存在しないかもしれません。
もし私が大学を退学していなかったら、あのカリグラフィの授業に寄り道することはなかったしパソコンには素晴らしいフォント機能がないかもしれない。
もちろん大学にいた頃の私には、未来を見据えて点と点をつなげることはできませんでした。
しかし10年後に振り返えると、とてもハッキリ見えることなんです。

もう一度言います。 未来に先回りして点と点をつなげることはできない。
君たちにできるのは過去を振り返ってつなげることだけなんだ。
だから点と点がいつか何らかのかたちでつながると信じなければならない。
自分の根性、運命、人生、カルマ、何でもいいから、とにかく信じるのです。
歩む道のどこかで点と点がつながると信じれば、自信を持って思うままに生きることができます。たとえ人と違う道を歩んでも、信じることが全てを変えてくれるのです。