Wednesday, January 25, 2017

座右の銘


40年前から「座右の銘」としていたDuane Allmanのメッセージ。
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どこに行っても、結局は同じことなんだ。
いい人間がいると思えば、どうしようもないバカもいる。
生きていくためには、この2種類の人間を見分けなきゃならない。

だけど、誰かにとっては鼻持ちならない奴でも、ほかの誰かにとってはいい奴なのかもしれない。
だから、誰に対しても気持ちよく振舞って、誰に対しても敬意を忘れてはいけないんだ。
そうすれば君も自然とみんなから尊重されるようになる。

他人に対する敬意の気持ちと、ほんのちょっぴりの愛があれば、すべてがまるく収まるのさ。

それから、自分の心を他人に見せるのを恐れたりしてはだめだ。
自分の心を解放して思いっ切り自由になるか、まるでつまらない生活を送るか、そのどっちかだ。
だったら、いつもロックして、思いっ切り楽しんだほうがいいに決まっている。

楽しく過ごすか、つまらない毎日を送るか、そのどっちかを選べといったら、断然楽しい方を選ぶ。
つまらない毎日なんて、イヤっていうほど味わってきたから、もうゴメンだ。

by Duane Allman
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自分では常にそう思って生きてきたつもりだった。

でもそうじゃなかった事に最近気づいてしまった。
「原文の英語を日本語に訳したものだったので、その表現ニュアンスの違い」程度のものではなかった。

もっと深い「魂レベル」の話。

僕は上辺だけの見せかけの事しかできていなかったことに気付かされた。

誰に対しても気持ちよく振舞って、誰に対しても敬意を忘れてはいけないんだ。」
これなどは、上辺の態度だけで「あなたを馬鹿になんかしていませんよ〜」的な上から目線でもそれなりにその場はおさまる。
事を荒立てず、いい人間のふりをしていれば、他人からも「いい人だ」と思われてWin-Win・・・ではなかったのだ!
今まで長い間、自分が心を閉ざしていたから気づかなかったが、ピュアな心を持つ人間なら、そんなことに騙されるはずはない。
しかも「純粋」であるがゆえに、その欺瞞な態度によって心が傷つけられてしまうのだ。でも優しい心を持った彼(彼女)は自分が傷ついてでも、その偽善者に笑みを返してくるので、偽善者は「俺はいい行いをした。今日は気分がいい!」などという醜悪な事を生涯繰り返していくのであった。

で、実際にそれに似た行動を今までしてきた自分に突然気がついてしまった。
しかも、心境の変化と言ってしまえば簡単だが、その傷つけられてきた側の「心」になってしまったのだ。

今までテレビのニュースで事件の被害者や、自然災害の被災者の事をやっていても、口で「可

哀想やな〜」「大変やな〜」「辛いやろな〜」と言っていてもそのニュースが終わると「情報」として知っただけで、そこで終わっていた。
それがこの数週間前から、自分の中で何が起きたのかわからないが(精神障害かもしれないと思うほど)、そういう人たちの心情がわかって(「わかって」というのは自分が勝手に思い込んでいるだけで、本当は何もわかっていないのかもしれないけど)暫くの間「辛いだろうな〜、悲しいだろうな〜、これから先どうやって行くんだろう?」などと 関係もないのに気になってしまう状態になっています。

こういう状態で改めてDuaneのメッセージを読んだ時、「ああ、彼はそれまでとてつもなく苦しい経験をしてきたんだ。だから彼は人に優しくできるんだ。だからこそ心を開放することができるんだ。」と目から鱗が落ちました。
24歳の時点でこのような言葉がにじみ出てくるとは驚きです。(25歳の誕生日目前で交通事故で死亡・・・)

だからこそ僅か23〜24歳の世間一般に言われる「若造」の時の演奏が、45年経った現在でさえ全く色褪せることなく人々の心を打つんだとわかったような気がしました。
彼の音には言葉では表現できない「優しさ」「強さ」「思いやり」といった「魂」が宿っていたのだと、40年も聴き続けてわからなかった事に彼の2倍以上生きてようやく気付けたような気がします。(深い魅力があったからこそ40年間も聴き続けてこれたんだと思います。)

「楽しく過ごす」と言うのは連日のどんちゃん騒ぎなどではなく「心穏やかにどんな小さなことにでも感謝と畏怖の念を持って日々を生きていくこと」。
「つまらない毎日」と言うのは「なんでも人のせいにして不平不満ばかり愚痴り、自暴自棄になって手近な快楽に走り、そしてその後に襲ってくる何ともやるせない虚しさに胸が詰まる日々」と解釈。

「自分が食い扶持を得るためであっても、決して敵を作らず、共存関係を維持し、人間関係においては裏表を作らず、心の壁を作らず(自分の殻に篭ったりせず)、気持ちを偽った仮面を被ったりせず、笑いたい時は笑い、泣きたい時は泣き、そして決して周りを恨んだり自暴自棄になったりせず、世の中すべてのものに感謝と畏怖の念をもって穏やかに日々を過ごす。それこそが一番の幸せ」と現在の自分は45年以上も前のDuaneの言葉を勝手に解釈しました。

同じ言葉だけど、解釈換えて(今までがちゃんと解釈していなかっただけ)「座右の銘」にし続けようと思っています。




http://dixie8049.blogspot.jp/2016/04/duane-allmen.html