水曜日, 8月 27, 2008

Stevie Ray Vaughan 命日


今から18年前の1990年8月27日未明、Stevieは帰らぬ人となってしまった。

1984年の暮れに初めてSRVを行きつけのBarで聴き、翌日速攻で 最新作 "Couldn't Stand The Weather" を購入し、更にその1ヶ月後に彼の唯一の来日公演に行く事ができた幸運を 昨日の事のように憶えています。

1983年の1stアルバム"Texas Flood"発表から1990年の事故までのメジャー活動の期間中、3年間ほどドラッグ中毒の治療のため休養していましたが、その活動復帰早々の事故だっただけに非常に惜しまれます。

最近彼の "1st Unreleased Album(1978)" の音源を入手する事ができました。
当時既に彼の演奏スタイルが確立していた事が窺われます。



以下は当時の事故状況 (ミュージック・マガジン記事より)

8月26日、ミルウォーキーの南西約30マイル、ウィスコンシン州イースト・トロイ近郊の野外コンサート・ホール、アルパイン・ヴァリー・ミュー ジック・シアターに観客3万人を集めて行われたエリック・クラプトン、ロバート・クレイらとの共演ステージを終えたレイ・ヴォーンは、ヘリコプターに乗り 込み、深夜0時過ぎ、次の公演地シカゴへと向かって離陸した。
出演者たちは4機のヘリコプターに分乗していたが、クラプトンらの便が無事シカゴに到着したあとも、レイ・ヴォーンの便は未到着。
27日の早朝、午前5時に行方不明の届け出がなされ、午前7時にはヘリコプターの残骸が発見された。
調査によると、ヘリコプターは離陸直後、午前0時35分ごろに濃霧のためにアルパイン・ヴァリーの人工スキー場の斜面に激突したとのことだ。
レイ・ヴォーンのほかの犠牲者は、ボビー・ブルックス(エリック・クラプトンをはじめ、ウーピー・ゴールドバーグ、クロスビー・スティルス&ナッ シュ、エディ・ブリッケル、ジェフ・ベック、パット・ベネター、ジャクソン・ブラウンらのマネージメントを手がけていたエージェント)、ナイジェル・ブラウン(クラプトンのボディガード)、コリン・スミス(ツアー・マネージャー)、そしてパイロットのジェフ・ブラウン。


合掌。


Stevie Ray Vaughan (by Wikipedia)